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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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この前、テレビをつけていたら、NHKスペシャル「超常現象 科学者達の挑戦」という番組をやっていました。

心霊現象や生まれ変わり、テレパシーに最新科学で挑むという試みが、世界的な潮流となっているらしいのです。
民放では、こうした番組は良くありますが、NHKということで新たな進展があるのではないかと、興味を持ちました。

それでもやはり、たけしさんの番組のような感じでした。

科学者が最新の測定器を駆使して調査していますが、行き着く所は物質の枠から出ることはありません。

物質でないものが幽質の幽気や幽体なので、測定器に反応しないものが霊的世界ではないでしょうか。

調査員が背中に冷気を感じたといえば(霊的現象なのか分かりませんが)動物は恐怖心を感じると背筋の温度が下がり、天敵から身を守る本能が働くという解釈のようです。

また、オレンジ色の丸い光が見えたという件では、脳に電気的刺激を与えると、似た現象が起こるということです。
電磁波で脳を刺激し、こうした現象を引き起こすことがあるようです。
頭をぶつけると、星が見えるの原理ということでしょうか。

確かに、心霊現象といわれるものの中に、錯覚や肉体が引き起こす現象も含まれています。
ただ、霊魂が関与していると思われる現象も存在しています。

番組の中で「我々の目的は、幽霊を見つけることではなく、なぜ幽霊を見てしまうのか?」というコメントがありました。
何となく、霊魂の存在など、はなから認めないような感じがうかがえます。

確かに、物質の科学の進歩は大きいですが、100年前の心霊研究と変わらないというより、タイトル「遺伝子」にもありますが、学者さん達は、答えを物質や肉体に求めてしまい、研究範囲が狭くなっているように感じます。

昔の心霊研究は、霊媒と霊魂の真剣な共同作業で、霊魂学でいう間気の物質化により、様々な現象を引き起こし、学者を交え解析しようという試みでした。

中には、高級霊魂団の関与もあったようです。

インチキを見破ってやろうという批判的な人もいて、過酷な実験だったと想像されます。

もっと、霊的現象はデリケートなものだと理解を持って、人としての霊媒に対するいたわりが周囲にあったなら、こうした研究も大きな価値を持ったかもしれません。

脳や遺伝子の解明は、始まったばかりです。
わからないことは、肉体の謎に押し込んで、いずれ解明されると片付けられている気がします。

霊的世界は、物質ではないものが存在するという観点に立たないと、何も進まないように思えます。

そのためには、霊魂の探求が不可欠です。

しかし、こうしたものは科学的な根拠ではないので、思想という宗教的な分野と捉えられ非現実的とされるのでしょう。

霊魂の存在を当たり前のように思っている者にとっては、現状にスッキリしませんが、仕方のないことのようです。

学者の方々の発言力は力を持つので、こうした方の考えが一般論とされる傾向は、残念に思えます。
僕は幽霊を見たり、心霊現象や恐怖体験など全くありません。

なぜか頻繁に体験する人がいる反面、全く無いというのがほとんどではないでしょうか。

その違いは、霊的な状態にあるといえます。

本来、人間の肉体は物質の世界に相応しい身体です。
人間は霊魂が見えなくて当然です。

だからといって、いわゆる心霊現象もウソや錯覚ばかりでもありません。
見えてしまうのです。

タイトル「幽霊はいない!?」でお話ししたように、いたずらな霊魂の仕業です。

人間は物質の肉体と霊的身体である幽体がダブっています。
次元の異なる身体が、常に重なった状態にあります。

どうしてこのような状態を保持できるのかといえば、霊魂学でいう間気というものがあります。
幽質でありながら、物質に作用する特殊な気です。

西洋の心霊研究では、身体から流出した間気をエクトプラズムと呼んでいますが、この間気によって幽体と肉体が重なっているのです。

間気を利用して、霊魂が人の姿を見せたりするのです。
他にも、霊的な金縛りや音を出すことも可能なようです。

霊魂は肉体がありませんので、人間の肉体は見えません。
しかし、幽体という霊的身体や幽気、間気などがわかります。

こうした心霊現象を頻繁に体験する人は、心の問題とも言われます。
しかし、霊魂は人間の心など良くわかりません。

それよりも、間気が流出していれば真っ先に目に止まります。

人間に、いたずらをしたい霊魂は、たくさんいますので、この間気の流出している人を狙っているのです。

一人の霊魂がイタズラに飽きてもしまっても、別の霊魂の目に止まることで、頻繁に起きることが考えられます。

会員の方で、よく霊的な体験した人がいました。
旅行の先々のホテルで幽霊を見たり、さらには幽霊に足ばらいをされたとも聞きましたが、霊的なトレーニングを実践することで、全く無くなったと言っていました。

霊的な現象でお困りの方は、霊的状態を健全にすることをお勧めします。

ただ、自分はこうした体験は全くないからといって、安心できません。
人間を驚かせたりすることを、楽しんでしいる霊魂ばかりではないのです。

幽霊の目撃談が霊魂の数ではありません。
人が死んで、みな霊魂になることを考えれば、人間に悪影響を及ぼす霊魂が、その一部であっても相当な数といえるでしょう。

人間が気づけないだけで、どなたでも低い霊魂の影響を受ける可能性があります。

そのためには、やはり霊的なトレーニングを行い、幽体を強化して強いオーラを放って頂きたいと思います。
そうすれば、低い霊魂の目に止まりにくくなり、高級霊の力を得ることにつながります。

見えない世界のことだけに、よくわからないかも知れませんが、霊魂としての人間の霊的成長はとても大事なことですので、真面目に考えて頂ければと思います。
このブログでも、現代の霊的な環境は、とても悪くなっていると言っています。
それに伴って、邪悪な霊魂も増えてしまい、大変なことになっているようです。

世の中を、変な意味で騒がすつもりもありませんし、恐怖心をあおり立て、人の弱みに付け込み商売を始めるわけでもありません。

タイトル「霊から身を守る方を考えてみる」に書いてあるように、自分自身が霊的な力をつけることをお勧めしています。

このブログをお読みの方は、「悪霊や災難を防ぐ」「幸福が舞い込む、運気が上がる」というキャッチフレーズのグッズや霊感商法にだまされることはないでしょう。

環境汚染といえば、空気や水などあげられますが、霊的には、空気や水のようにどこにでも存在する幽気というものがあります。

この幽気の質が悪化し、かなり低くなっています。
霊的に低ければ、当然、低い霊魂が活動しやすくなり、力を持ちます
逆に高くなれば、高級霊とされる霊魂が活動しやすくなるのです。

こうした背景には、素朴な信仰心が消えてしまったことにあります。

最近では、宗教というと押し付けがましいと捉えられるように、疑念を持つようなってしまったと思えます。

日本は大昔から、神様や仏様をいつも意識していたといえます。
生活と宗教は密着していました。

神社やお寺も身近で、大事なものであったことでしょう。
だからこそ、全国各地にたくさんの神社やお寺が存在します。

条件さえ整えば、高い幽気を降ろし、取り込むことが出来たのです。
人々が上手く生かしていたことで、現代のようにならなかったのでしょう。

大学の教授さんが真顔で、霊魂を否定したりする世の中です。
何がどれだけ分かったというのでしょう。

確かに、科学や医学の発達は、目まぐるしい変化を遂げています。
しかし、人間の神秘や内面的な解明は、どれだけ進んだのか疑問が残ります。

神や仏を否定するのであれば、高級霊が力を降ろす機会もありません。

我々肉体を持つ人間には、実感としてわかりにくいものですが、霊的な影響は物質世界に影響を与えます。

幽霊がたくさん出るようになったとか、そうした単純なことではありません。

邪悪な霊魂が増えたから、霊的環境が悪化したのではなく、人間の選択が霊的環境を悪くしているのです。

霊的不調は、幽体をダブらせているのだから、肉体にも影響します。
高級霊の作用がなければ、人間の持つ霊的カルマが、そのまま表現されてしまいます。

「気が付けなくて当然!暗躍する邪霊たち」にあるように、悪い方向にどんどん進んでしまい、事故や災害、人間の衝突も増えてしまうことでしょう。

このブログを読まれた方は、高い幽気の吸収や、高級霊の影響を受けて頂くことを願っています。
ウェブ上などでは「気軽に瞑想を始めよう」とか、反面「瞑想は危険である」という人もいます。

このブログでも、タイトル「霊的なトレーニングを知ってわかった瞑想の危険性」で触れたように、場合によっては危険なことがあります。

それでも僕は、25年以上も瞑想を行っていますが、自分が変になったり、危険を感じたことはありません。

この呼吸を整え、静かに座っているという単純な行為なのですが、霊的な改善や霊的成長にもつながります。

大事なことは、瞑想が霊的なトレーニングであることを認識することです。

もともと、価値のあるトレーニングだったものが、いつの間にか基本が忘れ去られ、目的も変わってしまい弊害が起きてしまうのです。

例えば、柔道でも受身(うけみ)を習ってから、ようやく技の練習に入ります。
練習の前にウォーミングアップで体を慣らすことは、有段者でも欠かしません。

素人がオリンピックを見て、友達とふざけて投げ技を行えば、ケガをしてしまうのです。
すると、柔道は危険だと考える人も出てきます。

瞑想であれば、低い霊魂の影響を防がなくてはいけません。
そして、霊的な身体である幽体の栄養となる高級な幽気を取り入れることが出来れば、正しい瞑想となります。

目的をしっかり見定め、基本となる手順を踏んで行う必要があるのです。

基本は、霊的な環境づくりです。

瞑想は高級霊の影響を受けるためなのに、霊的に低い環境で行えば、いたずら目的の霊魂が関わって来ることもあります。

最近は、霊的環境がとても悪くなっています。
瞑想に限らず、日常的に悪意を持つ霊魂と接触する危険は十分考えられます。
特に、いたずらしやすい要因を持つ人は、要注意です。

武道とは異なり、霊的な面は人間に良くわからないことで、難しくさせています。

肉体的な好影響があったとしても、霊的な面で害があれば、意味がありません。

瞑想を続けている方の中には、知らないうちに低い霊魂の影響を受けていることもあります。
それでも人間は、霊魂が見えないので、気づくことが出来ないのです。

本来、霊的なトレーニングは、正しい指導者の元で行うか、家庭で一人でも行えるように、安全性を考慮した体系でなければならないのです。

正しいトレーニングにおける瞑想は、霊的な成長に有益な手段です。
こうしたものであれば、ぜひともお勧めしたいのです。

高級霊が指導する団体の瞑想であれば、複数の人が集まることで、一人では出来ないような高い霊的環境になります。
普段、守護霊と交流が難しい方でも、高い霊的環境に入ることで、交流しやすくなります。

定期的に高い霊的環境に身を置くことにより、弱っている幽体に力を与えてくれます。
こうした行為が現代人に欠けているところです。

瞑想が霊的成長に結びつくかは、霊的環境と高級霊の作用です。

瞑想が危険なのは、正しい霊的なトレーニングになっていないからです。

本を読んだり、独学で霊的成長が得られるほど甘い世界ではないようです。
もっと人間の心の中が単純であれば、苦しまずに済むのかもしれません。

自分の考えというものが、こうと決めたら余計な思いが浮かんでこなければ良いのです。
そうすれば、迷ったり葛藤も起きず、心も楽になることでしょう。

そんなことを考えたところで、現実にはどうにもなりません。

なぜ複雑なのかといえば、意識が複数あるからです。
仮に人間が肉体のみの単体であれば、単純です。

ところが、表面的な意識の他にも、潜在意識や深層心理と呼ばれているものがあります。
「人は先天的な意識を有しているのではないか?」ということは、心の研究でも認められているようです。

これが「どこに記憶されているのか?」という壁に突き当たっているのが、心の学問です。

霊魂学では、すでにわかっています。
詳しくは「幽体の悲劇」をご覧ください。

「おぉ、世紀に大発見じゃないか」と思う方もいるでしょう。

そうなのです。
さらには、その意識を変えてしまうような技まであります。

天地がひっくり返るほどの革命といえますが、実はすでに何千年も昔にあったのです。
まさに、人生を大きく変えてしまうことでしょう。

それが宗教であるために、世の中に浸透しなかったのかも知れません。

実際に、霊的カルマの解消法であるトレーニング神伝禊法というものが、ほとんど広まらない状況です。

精神科のお医者さんの方に信頼があるようです。

それが、単なる運動のようなものであれば、医学でも採用される可能性もあります。
ところが、霊的な部分に作用しなければならず、信仰心が無いと、全く効果がないのです。

やはり宗教の世界にとどまってしまいます。

これは、当たり前というか必然でしかありません。

世の中の多くの人は、霊魂の存在を否定する傾向にありますし、神や仏も架空の存在となっています。
人間の根本を排除しているのです。

人間の先天的な意識は、幽体という霊的身体の心であって、その意識を変えるためには、霊的な力が必要なのです。
その力とは、より進歩した霊魂からの流れでしかないのです。

世の中が霊的なことに関心に向かなければ、宝の持ち腐れになり兼ねません。

何千年も前であれば、人の霊的カルマも今より軽いものだったといえます。
ところが今現在に至るまで、何度も再生しています。

さらに深刻になっていると考えられます。

それでも神伝禊法は、現代人向けに改良されています。
数千年前と生活形態や、霊的な環境、状態等の変化にも対応しているのです。

世の中の流れ、それが必ずしも正しいとは限りません。

多くの方が霊的な事柄に関心を持ち、霊的進歩・向上を目指して頂けることを願っています。


霊的なトレーニングの指導者、そして高度な霊媒現象を可能とする水波一郎師の新刊「幽体の悲劇」が発売されました。

霊魂の存在、そして死後の世界を信じる方には、ぜひとも読んで頂きたい一冊です。

このブログでも、幽体に力をつけようとか、幽体の意識がどうのこうのと言われても、ピンとこない方も多いでしょう。

この本は、人がこの世の誕生し他界するまでの間を、霊的な部分である幽体や、その意識に焦点を当てています。

幽体の関わりや影響を、日常的な出来事を交え解説しているので、とてもわかりやすくなっています。

どなたにも幽体があり、いずれ幽体で生活する日がやって来ます。

今、幽体に目を向けることが、やがて大きな価値となることでしょう。

もちろん、肉体に出て来るということではありません。
誰でも肉体は、いずれ無くなってしまいます。

人間が死んで何か残るものがなければ、全て終わりです。

それでも、何か存在するなら生命活動が継続していることになります。
一般的に魂とか呼ばれる場合もあります。

霊魂学における魂は、さらに大きく複雑になりますので、ここでは幽体と呼びます。

この幽体は、生まれる前から、そして死んでもなお存在しています。

我々人間は、霊的なことが良くわかりません。
それは、肉体を持って生きているからです。

霊魂が、あるとか無いとか、もうこの辺で終わりにしましょう。
そんな議論は、大昔から行われていました。

肉体である人間に、わかるかどうかという議論になるのです。
物質でないものを、物理的な次元で、どう表現出来るというのでしょう。

肯定的な見方をして頂けるのであれば、いろいろ方策はあります。
しかし、根底から疑念を持っている人には、「死んだらわかるから」としか言えません。

ただ残念なことに、死んでからでは取り返しのつかないことがあります。

肉体がなくなり、これから死後の世界で生活が始まるというに、幽体に力もなく弱っているのです。
この物質の世界は、ただ生きているだけでは、幽体にとっては悪影響ばかりです。

昔は宗教的で信仰心を持っていたので、幽体に好影響を与える機会もありました。

現代においては、霊的環境も悪く、宗教といえば、うさん臭いと呼ばれてしまいます。
互いに、足の引っ張り合いで幽体が弱り切っています。

こうした世の中では、進んで意図的に幽体に力を付けるしかありません。

死後の世界である幽界において、様々な霊魂がいます。

高級霊と低級霊の違いを簡単にいえば、幽体です。
幽体の質や状態が異なっています。

霊的な成長が、幽体そのものに現れているのです。
幽体に力があれば、世間一般に言われているオーラなどではなく、本当のオーラが強く発します。

死後の世界において、自分の幽体がどの世界に馴染めるかは、幽体の質や状態に現れているのです。

それが霊的世界の法則というものです。

亡くなった方を悪く言うのは良くありません。
しかし、みんな天国に行くなどあり得ないことです。

なぜなら、我々人間は、地上という霊的に低い環境で暮らしているのだから…
霊的なトレーニングの会に入ると、日々の生活に不都合があると思わる方もいるでしょう。

確かに、宗教というものは教義や戒律があります。
こうしたものを守れない人は、決して良い信者とは言われません。

さて契山館は、どうでしょう。

これといった決まりもないのです。
常識的な姿勢を求められる程度です。

各種研修や集会も、なるべく参加した方が良いと思います。
それぞれ事情がありますから、自由意思で構いません。

僕は、契山館に入っていることで、日常生活で支障や不都合を感じたことはありません。

日本は、霊的なことに関心も低く、信仰心を持つ方も少ないのです。
それでも、お葬式や結婚式のように、宗教という慣習的な行事もあります。

以前、親戚にキリスト教系の信者がいました。
その父が亡くなり、仏式の葬儀には参加しませんでした。

自宅で弔うというのですが、他の親戚にも親不孝者だと言われ、人間関係も悪くなってしまうようです。

どちらが良いとか悪いとか言いませんが、宗教に入る人は変わり者だと思われてしまうのでしょう。

話を戻します。
現代は霊的な環境が、とても悪くなっています。
悪い幽気や低い霊魂は、どこにも存在します。

だからといって、消極的になってしまうのではなく、そうしたものに対抗できる自分になることではないでしょうか。

僕も必要であれば、何処でも出かけます。
着いてしまうものは仕方がないので、霊的なトレーニングで処理できるのです。

水の禊などは、風呂に入った時に出来るし、鎮魂法なども10分程度で行えます。
こうしたトレーニングに興味のある方は、あまり難しく考えないで欲しいと思っています。
霊魂より見た地上の正しさとは5からの続き

霊魂: イエスは、その後、神のごとし扱いを受けたが、彼は国家の秩序を乱す悪い人間だった。

それが正しかった。

まぁちゃん: そうか!今は、キリスト教と言えば世界の一大宗教だけど、当時は、今でいう新興宗教的な存在だったのか。磔にまでされてしまったんだから…

じゃぁ、どうやって霊的な高低を判断すればいいの?

霊魂: 正しく処刑したのに、あとから人類の敵といわれてしまう。

これはおかしい。

槍で突いて殺せと指示された。

正しかった。

何が正しくなかったのか?

が、あとから極悪人のごとくに嫌われる。

これはおかしい。

まぁちゃん: 「水戸黄門」を見て思うんだけど、悪いのは悪代官であっても、その下に仕えていると「懲らしめてやりなさい!」って、助さんと格さんにボコボコにされちゃうのはかわいそうだよ。

これとはちょっと違う?

霊魂: 人のいう正しいとは、常にそのとき多いというだけである。

人が人を殺すことですら、戦争に行きゃぁ、殺さにゃいかん。

死刑執行人は殺さにゃいかん。

どこが間違っている。

それを正しいという理解があっただけのことである。
間違いという理解があれば、良くないことをしたと言われる。


まぁちゃん: 日本は原爆を落とされたよね。
つい最近のこと。

戦争の悲惨さや、無意味さを知っているはず。

だから、「戦争なんて絶対してはいけない!」って言ってたでしょう。

でも、近頃は「自衛のためなら仕方がない」そんな雰囲気を感じるけど…

戦時中は、たくさんの人を殺すと勲章をもらってヒーローだけど、戦争で負けたりしようものなら犯罪者だもんな。

じゃぁ、どうすればいいの?

霊魂:
が、知的インテリなどと称する人を除き、一般の人にそんなことは何もわからない。

何が正しいかなど、その時々、大勢の人がそう言っただけ。

それだけだ。それが人だ。

人はただ欲求に生き、欲求に死ぬだけだ。

だからこそ、我々は人々の知性を超えた真実を世に出したい。

なぜなら、人は霊魂だからである。



まぁちゃんの一言

子供は、学校でウンコをすると嫌われる。適切な場所でしたにもかかわらず・・・。

いじめる側の子供のお腹の中にもウンコがつまっている。

みんなするよね。

外に出ると汚くて、お腹のなかにあるうちはきれいなのかな?

他人のウンコは汚くて自分のウンコはきれいなのかな?

最近、有機栽培ブームだよね。

有機栽培は化成肥料を使わず堆肥、鶏とか牛、豚のウンコだ。

人のウンコでもいいわけだ。

ひと昔まえは、それが当たり前だった。

じゃぁ、野菜のラベルに「わたしのウンコで育てました」と書いて、自分の笑顔とウンコの写真入りで…

誰も買わないよね。

野菜でも、本来、虫がついて当たり前。

虫がつかないのは、殺虫剤使っているから。

それなのに虫食いだと売れない。

ラベルに有機栽培、無農薬など表示されているだけで、安心する。
実際は違っていてもね。

無農薬、有機栽培は、真面目にやると手がかかるんだ。

汚い話題になってごめんなさい。

いや、きれいなんだ!?
霊魂より見た地上の正しさとは4からの続き

霊魂: 我々、霊魂であれ、人であれ、およそ生命体に対してものを言う。

生命体は、地上の論理では生きていない。

魂の数千年の歴史の中でこの世に生まれ、大切なことを考え、大切なことを行ない、やがて蛹は成虫になってゆく。

それが正しい。

まぁちゃん: 地上の人間がどんなに偉そうなことを言っても、所詮さなぎだ。

果たして成虫になれるのかな?

霊魂: 正しいとは、そのときの多数意見にすぎず、別の国へ行けば、別の正しさがある。

イスラムへ行けば、イスラムの正しさがある。

「女は顔を出してはならん」それが正しい。

「たくさんの嫁をもってよい」それが正しい。

「サルを食ってよい」それが正しい。

人々の言う正しさは、そうしたものである。

まぁちゃん: 同じ時代であっても、外国と日本では文化、価値観、考え方が違ってるよね。

日本では当たり前のことであっても、外国人から見ると、変に思えることもたくさんあるんだろうな。

霊魂より見た地上の正しさとは6へ続く
プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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