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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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信仰と霊的法則1の続き

まぁちゃん: ところで、幽体の栄養になるっていうけど、栄養がないとどうなるの?

霊魂: 幽体に栄養を与える、これが人が死んだ時、上に上がるか下に下がるかを決めてしまいます。
つまり下がってしまうとなかなか幸福になれない。
これは皆知っています。とりあえず上へ行かないとなかなか幸福にはなれません。

現実の問題として、たとえ偏見のかたまりで、キリスト教以外は頭がガチガチでどうにもならない人と、寛容で人格のある立派な人、ただし宗教など信じない。

さて、どちらが上に行くか?

まぁちゃん: あまり狂信的になり、考えが柔軟じゃないのは良くないと思う。
たとえ信仰などなくても、人格のある人だろうね。

霊魂: いざ死んでしまうと、キリストのことになると、まるで頭をかき乱して怒って他人に怒鳴りちらす。

なんと、心の狭い人だと思えるような人が上に行きます。
死後人格者は下にいて、信仰者は上にいます。

現実の問題として、どんなに心が狭くても信仰者は上にいる。この事実を私が知ったとき、本当はビックリしました。

なぜなら、イエスキリストとたまたま一緒の時に生まれて側にいたという人と、そうでない国に生まれた大変な修行をして、大変な人格者であった、座禅を朝から晩まで繰り返し、大勢の人を助けた。

その人と死んだ時にどっちが上にいるかと言うと、何も知らずに、ただキリストの後をくっついていた人が上にいます。
本当はショックでした。

まぁちゃん: そりゃ、世の中の人はみんなショックだよ。
すごく不公平な感じがするけど。

霊魂: 私などは日本の古い修行などをしておりましたので、大変馬鹿げていると感じました。

しかし、考えてみると当然でした。
霊魂の世界は地上と同じように法則があって、その法則は万人に平等だったのです。
物質の世界では「物は上から下に落ちる」ように、人はその事実を知った上でものを語るべきです。

どんなに偉い先生が「物が上にいった方が良いよ」と言っても、上には行かない。
この事実を知った上で語らねばならなかった。

朝から晩まで瞑想していても、イエスの側にいてただ泣いていた信者にも勝てなかった。私はそれが分かった時、やっとひとつ進歩しました。

まぁちゃん: 人間は霊的世界のことはわからないから、どうしても地上的観念で物事を考えてしまうけど・・・。

霊魂: つまり大切なのは法則を知ることだったのです。
考えてみると、いつもイエスの側にいた人は、たとえ間違った考えをしていても、念を出し、幽気を受けています。

この幽気が他の地上の誰よりもレベルが高い。
である以上、自然に気がついた時には他の人より上にいます。
これが現実です。

千年瞑想し、千年座禅した人でも全然かなわない。

考えてみると瞑想しようと座禅しようと、念がどの程度出ているかはともかくとして、イエスのまわりには、こんなにものすごい幽気があっても、この人の関係ない所で瞑想していた人には実は何も入っていない。

意識は自分では「神になった」と言ってはみても、どうにもならない。

信仰と霊的法則3へ続く
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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