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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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世の中には霊魂の存在を信じる人や信じない人がいます。

通常、人間というものは、肉体があるため霊的なことはわかりづらくなっています。

また、科学という分野においては、物質主体に考えてしまうために、本来物質ではないものを探求することが困難となっています。

確かに、物質科学という観点で霊魂の実在を証明することはできません。
信じる人と信じない人が存在すること仕方のないことでしょう。

それでも、科学で証明されなくても、真面目に求めれば自分のとっても確信が得られるのではないかと思います。

僕自身、霊が見えたり声が聞こえるわけではありませんが、霊魂の存在を信じているというより、当たり前のように思っています。

もちろん、他人に証明するようなことは出来ませんが、霊魂はいると思っていたからこそ、それをどう自分自身で感じ取ることが出来るのかを追い続けてきたからだと感じます。

ここで安直に霊能力など求めないで頂きたいと思います。

低い霊能力など比較的早く目覚めてしまうのです。
実は霊的障害状態をつくることで、霊が見えたり、声が聞えてきたりします。

それで何が得られるかというと、人間の異常現象と低い霊魂との交流です。

こうなると通常の生活に支障を来たし、死後の世界は暗いものとなってしまいます。

低い霊魂と交流が深まってしまった人を見て来ましたが、そうした霊魂と肉体を共有しているような状態です。
助言も耳に入らなくなり、まるで自分があってないようなものです。

こうした方の将来に不安を感じますが、他人では、もうどうすることも出来ません。

やはり、霊能力を求めるのではなく霊力を得ることが大事です。

不思議な力に魅力を感じるかもしれませんが、人生を棒に振るほどの価値などありません。
死んでから後悔しても手遅れです。

霊的なトレーニングを積めば、他人が何と言おうと霊的な確信が得られるし、霊能力などなくても霊術を行使することも可能です。

自分自身の成長にもつながり、他の人に役立てる力となるはずです。
そうした方が増えれば、今の霊的な環境も改善されるのではないかと思います。
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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