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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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これは20年以上前になりますが、神伝禊法の初伝合宿の帰りのことです。

地元の駅の階段を下りてロータリーに出たのですが、何とも言えない嫌な感覚を感じたのです。

その日は天気も良く、普段のように何の変哲もない風景でした。

考えてみれば神伝禊法の研修は三泊四日行いますので、その間、高い霊的空間で過ごすことになります。

そうした状態から、現実に引き戻されてしまったような霊的ギャップを感じたのだと思います。

霊的トレーニングを行っている方は、こうした経験はお持ちだと思います。

幽体という霊的身体が高い幽気に馴染むようになるので、低い幽気に違和感を覚えるのでしょう。

昔、結婚式場を探していた時、簡単に済ませようと思い、教会式の式場を回っていました。

ある式場で、教会の扉の前に立った瞬間、とても嫌な感覚で中に入る気もしませんでした。

係りの人によると、普段は信者の方が礼拝に使っていると、まるで格式があるように話していました。

何でこんなになってしまうのか、とても残念に思いました。

そして、別のいい加減そうな式場で、塾の英語教師のような牧師さんに見守られ、滞りなく結婚式を済ませました。

低い幽気はどこにでもあるので、あまり敏感になり過ぎると社会生活に支障をきたしてしまいます。

この世において低い幽気に接したり、他人からを受けてしまうことは日常的なことなので、霊的トレーニングを続けることが大切なように思います。
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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