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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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霊魂としての人生の目的 霊的カルマ6からの続き

霊魂: その罪はなんとか抜かないと、あの世に行っても向上できないのであるから、そうした技をなんとか広げなければならないに決まっている。

が、それを妨害しておいて、それでもなおかつ、なぜ自分は救われないのかといって文句を言っている。

これでは、まさに、真の神がもし本当にいれば、「そういった者をまず最初に、地上から消してしまわないと仕方ありませんね」となってしまう。

それがまずいのなら、せめて人の妨害をしないことである。

ところが人は、それぞれに自由があるのにもかかわらず、他人の人生に干渉したがる。

何か霊的なことを言えば、またおかしな宗教が出現し、またおかしな信仰に入っていると言う。

大きなお世話である。

人がどう生きようと、犯罪を犯すのではなければ、他人にとやかく言われる筋合いはある訳がない。

まぁちゃん: 昔は神を真剣に求めるということは立派なことだったけど、今じゃぁ、変人扱いだから。

現実からの逃避とか、心が弱いとか言われてしまう。
まいったよー。

うっかり霊魂なんて言葉は言えないんだ。

霊魂: 邪教に入った信者はまだましである。

それは方向が間違っているだけだからである。

教義がやや間違っている、また、その教祖が間違ったことを言っているというだけのことであって、何も信じず無視している奴よりいいに決まっている。

我々霊的な人生の真の目的を「汝の神を愛せよ」と名づける。

その意味はあまりにも深いが、霊的に成長しなければ真偽はわからない。

人ひとり、「生まれて死ぬまでに、これだけはせよ」ということを己の守護霊は全員知っている。

無論、守護の霊魂クラスでは分からんこともいっぱいあるが、とりあえず、より低い人生のテーマくらいは知っている。

その霊感が降りるように生きれば、死後はとりあえず下がらない。



まぁちゃんの一言

人には自由意思というものがあります。

霊魂が言ったように、犯罪を犯すのでなければ、どう生きようと他人がとやかく言うことではありません。

霊的なことを求めるのも自由であるし、否定するのもそれぞれの自由だと思います。

だから、僕も自分の考えを押し付けるつもりはありません。

死後の世界がなければ、人間死んだらそれで終わりだし、もし死後の世界があるなら、霊的な法則にしたがって生きればいいことです。
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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