HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイト霊力と霊的なトレーニング  »  霊力と霊的なトレーニング10
RSSフィード

トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  ※イメージ画像

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
霊力と霊的なトレーニング9からの続き

霊魂: 例えて言えば、ある人が明日死ねば、たくさんの人は救われるとしたらどうであるか?

そのある人が、将来ヒトラーのようになり、全世界を滅ぼすようなことをする。

それが霊的カルマとしてわかっていた場合、無論なかなか実際にわかるものではないが、仮にそうであったら、その人があす自殺してくれた方が絶対に良いのだから。

我々霊魂は、「あなたは、よく自分の人生を考えてみて価値がないと思ったら、あす死んでも構いませんよ」と言う。

それを聞けば必ず、「あれは悪霊が言った」となるが、そんなことはない。

人の地上の肉体で霊的な正邪など、判定できるものほど甘いものではない。

霊的なトレーニングの世界も、やってみないと全然わからない。

まぁちゃん: 霊的なトレーニングやっていても、何も見えてこないし何も聞こえない。
地味なんだけど…

感覚としては気持ちがいいくらいかなー。

霊魂: 禊、鎮魂を実際に行った人達はわかるはずである。

とにかく理屈ではなかなか良くわからないが、「気持ち良かった」とか、そういった世界である。

なぜなら、肉体の脳とは別の次元を動かしたのだから、肉の脳は必ずしも、別の次元の喜びや悲しみを正確には読みとっていない。

己の心も何が良かったかも、本当は十分にわかっていない。

それが、霊的な意味でのトレーニングなのである。
それでいいのである。

もし仮に、すべてわかったとしたら、それは肉的な脳の知覚し得る範囲だったのである。

まぁちゃん: そうか、地味でいいんだ。

霊魂: そこで我らは言う。

表面の己は、まだ何も知らない。
だからこそ、真実を求めて一歩を踏み出す。


それがない限り、人は永遠に事実を掴むこともない。

まして、事実が世に出たら、皆、それは大悪霊の人だと言うに決まっている。
「頭がおかしい」とみんなに言われてしまう。

神々の世界の使者によれば、人々から見て悪の代表に見えるようなものが、真の人々の救いである。

ノストラダムスの予言ではないが、何とかという訳のわからぬ大王が降りてきて、人々がどうかなるかもしれない。

我々に言わせれば、何とかという悪の大王こそが、真のメシアかもしれない。

言うまでもなく、ただ、自分達の生存権のみを主張する人間に、霊的世界の酷さがわかるわけがない。

滅ぼす必要があれば滅ぼさなければならない。

むろん生かす必要があれば生かさねばならないが。

つまり、そうした霊的世界全体から見た人間の位置など、一度も考えてもない者達が自分だけが生きる事を中心に、いわば、日本だけが良ければ、他の国は全部死んでもかまわないとくれば、侵略戦争に行けばよいのである。

しかし、他の国のことを考えるなら、多少、耐え忍ばねばならないこともあるかもしれない。

それと同様、全霊的生命体、ありとあらゆる生命体を考えて、地上の人間は、少し反省した方が良いという事があったら、それはそれで良いかもしれない。

が、人はそうは言わない。

己にとって都合の悪い存在を、全部悪の大王にしてしまう。
我々に言わせれば、それこそが本当の意味での真実かもしれない。


それはわからぬことであるが、それを決め付けるところに人間の愚かさがある。

霊的なトレーニングをすると、それが見えてくる。
富士の頂点まで行く、と次第にそれがわかってくる。

なぜなら、人々の意識を超えたところに別の次元があり、それが実感できるからである。
それがわかってしまった時、人々の書いた本などアホらしくて読む気にもなれない。

人がもし、皆、全員、人の脳を越えたトレーニングに目覚めるならは、悪の大王は救世主かもしれない…

まぁちゃんの一言

超能力や霊能力なくても、霊力というのは誰にも必要なもののようです。

その霊力を得るために行うのが霊的なトレーニングと言えそうです。
トレーニングも霊魂の協力なしには成り立ちません。

何千年も昔から、つねに霊力というものもの大切さを、高級霊魂達は主張してきました。

それでも多くの人に受け入れられることはありませんでした。
やはり、いつの時代も人間はかわらないようです。
関連記事
Relate Entry
Comment
Trackback
Comment form
プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



みずば霊魂学 新刊のご案内






































検索フォーム
天気予報
ブロとも申請フォーム
QRコード
カウンター

PAGE TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。