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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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霊力と霊的なトレーニング3からの続き

霊魂: 本当に霊力を知らなかったのか?

いや、教えられていなかったのではなかった。

少なくともこの日本では、数千年来ずっとそれが生き続けてきたし、いつも誰かがそれを叫んでいた。
しかし、誰もそれを話題にはしなかっただけだし、誰もそれを真面目に考えてくれなかった。


まぁちゃん: 何も知らないくせに、いろんなことを言う人がいるから、みんな惑わされちゃうんだ。

真面目に考えている人ばかりなら、自分が間違っていると気がつけば改めるだろうけど、その目的がお金儲けだったりするから最悪だね。

霊魂: 社会が良くても悪くても、所詮、一度毒を飲んだら人は死んでしまう。

後でこんな毒をつくった製造メーカーが悪いとか、厚生省が悪いとか、どれだけ叫んでも死んでしまったら戻らない。

どうにもならなくなってから、助けてくれといくら言われても、その前に、あれだけ言っておいたのに…

まぁちゃん: 霊力とは、今、生きる上でも大事であるし、肉体を失い霊的世界の住人となるための準備でもある。
その霊力を得るためにやるのが、霊的なトレーニングだね。

霊魂: 人が死を意識する時、人は生をも意識する。

なぜ生まれてきたのか?

このまま死んでいいのか?

私の人生が、このままで終わっていいのか?

深く悩む。
が、そこに真実はない。

例えて言うと、ある女性が好きだ。ある男性が好きだ。

さて、誰かに間に入って欲しいという時、必ず自分の希望は、それが良い結果を生んで欲しいという願望のもとにある。

そのために、相手が何を言っても、「うまく行けばいいのに…」という気持ちで、ものを聞いてしまう。

あるいは、悲観的になっておびえてしまう。

つまり、決して第三者的に見て、冷静な状態では聞いていない。

つまり、人は死にそうになってから、初めて生ということを考えても、絶対に事実は見えてこない。

見えるのは歪んだこと。

つまり、もう死ぬことの諦めに対して、自己をどう肯定して行くか、気持ちの整理のみである。

まぁちゃん: さすが死んだ経験があるから良くわかっていますね。

霊魂: 人は、トレーニングすると言いながら、己がまるで神、仏のごときになるなどと、平気で言う馬鹿がいる。

トレーニングは、神や仏でないから行う。
そして、最後まで神や仏になどならない。


それを霊的なトレーニングという。

霊力と霊的なトレーニング5へ続く
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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