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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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人の命と霊的世界の上下12からの続き

霊魂: 最近は困ったもので当会の諸先輩方ですら、様々なことをおっしゃっておられて、誠にもって「今まで何を学んで来たのか訳がわからない?」という人達がいる。
それでもまだまし。

なぜなら、我々に言わせれば、人はどうせ普通にしていれば肉体の視力しかないのだし、見える訳がない。わかるわけがない。

ということは、霊的なことに対して100%正しいなんていうことは、最初からあり得ない。

ということは、一番肝心なことはこの方向性、これさえ合っていれば、細かいことは間違えて当たり前。

まぁちゃん: 多少の間違えがあっても、霊的な進歩向上につながることであれば、あまり目くじらを立てる必要がないってこと?

霊魂: 「そんなこと間違えてたら絶対ダメだ!」と言っていたら、一言もしゃべることが出来ない。

当たり前のこと。
よって少しわかったら、もうそれで根本的な方向性さえ合っていれば、細かいことは言わない。

よって何ら恥じることもなし。間違えて当然。どんどん間違えても良い。
自説を公表すべきである。

まぁちゃん: 現代で宗教といえば、うさん臭いと言われるからね。
それでも霊的な進歩向上は何より大切なことだから、真面目に考えようとする人の目に止まらなくちゃいけないよね。

霊魂: なぜなら、世の中は霊的に最悪で、滑った転んだといって、みんなで下の世界に真っ直ぐになって落ちて行くのだから、もう「神も霊も何もない!」という人達は、元々霊的に向上するチャンスも何もないから、もう下がる一方である。

また、霊的にどうのという人達は、みんな「私は幽霊を見た」見えるだの聞こえるだの、もうただの病気でみんな一緒に下がって行く。

誰も上の方へ行かない。
上の方を見る人達はみんな教えに凝り固まって、ちょっとでも外れると天下の大悪党のように人を責めたてる。

これでは、もうどうにもならない。

まぁちゃん: そうだよな~。唯物論で頭の堅い人も多いし、霊に興味があっても幽霊だし…

宗教を信仰しているという人も、難しいことばっかり言って、大昔の「教え」に固執している部分もあるから。

霊魂: 大事なのは「善悪」でもないし、「見える聞こえる」でもないのだから、己が魂である以上、物質のままに生きれば、確実に下がる。

決まっていることで、霊的に生きるしかない。

人間であれば、それは常に間違って当たり前。
わからない世界なのだから、先輩だって間違ったことを言うに違いない。

しかし、本質さえ外していなければ、それでいい。
一歩一歩自分が向上して行けば、やがてわかる日が来る。

「あぁ、先輩はこんな事を間違えていたのか?」だからといって別に責める必要もないし、それだけのこと。

何も知らなくても霊的に高い人もいるし。(まぁ、最近めったにいないが)

さてそこで、一番大事なこと!

はっきり言って、神であれ仏であれ「天上天下唯我独尊」こう言い切る人だけが正しい。
「世の中に真実は山のようにある」という人は確実に間違い。

まぁちゃん: 「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」って、お釈迦が言った「天にも地にも我ひとり尊し 我こそ最も尊きものなり」ということでしょう。

霊魂: なぜなら、法則は昔から一回も変わっていない。
ずっと同じだから正しいことは昔からひとつしかない。


沢山あることはあり得ないということになる。

そんなことを思うから山のように顔を突っ込んでは、山のように全部言うことが違っていて、どうして良いかさっぱりわからず、あっちこっちの霊魂団にみんな憑依されて、結局わけがわからなくて、後はスッ飛んでしまう。

まぁちゃん: ということは、あまり難しいことを考えてもあまり意味のないことだから、霊的な法則に即した生き方が出来れば良いってことか…

霊魂: 偏狭だと言われようと、何と言われようと、その人が正しいと信じて、それでそのまま霊的な向上を得れば、本当はそれで良い。
クリスチャンであれイスラムであれ、彼らはハッキリ言って偏狭と言われる。
全く情けない人達となる。

が、霊的には実のところ、いわゆる普通の人よりやはり上である。

なぜなら「神にのみ」
そのことだけで霊的な質量が飛び、うまくすれば指導霊から力が降りうる。

となれば幽的な成長がある。

人間的には「まぁ何と視野の狭いことか」、それでも死んだ時には、やはり上に行きやすい。

なぜなら、それは魂の本質だからである。

まぁちゃん: 魂の本質的部分の欲求は、単純に神という存在を求め、自分自身の霊的進歩向上を遂げることが自然なんだね。

霊魂: そうした視野の狭い人達ではなく、幅広い知識と教養と理性と道徳心を持った立派な人は残念ながら、霊的には何の価値もないので、どんどん下がり、地獄の苦しみで「どうして自分はこんな辛いところにいるのか?」これが真実である。

「出来の悪い人ほど救われる」



まぁちゃんの一言

ここでは、自殺を推奨している訳ではありません。
霊魂によれば、自殺したからといって、皆、不幸な世界に行くというようなことはないのです。

また、それぞれに生まれたからには、やるべきことがあるそうです。

霊的真実を知り、それを踏まえて、人として力強く生き霊的進歩向上することが何より大切だと思います。

もちろん一生懸命生きることを、高級霊も勧めています。
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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