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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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人の命と霊的世界の上下8からの続き

まぁちゃん: 宗教家に支持する人は、多少不評が生じたとしても政治家のそれとは異なるように思う。

説得力が違うのかな~?

霊魂: なぜなら、そこに神や仏や天や何かしら、人にはない何かを発見するがために信じるのである。

が、どこかの政治家が言っても、違う政治家が必ず反論する。

人間の脳で考えたことは所詮その程度。必ず反論がある。

そうすると国が二分して戦争につながる。
国が何を言っても、人々は決して従うことなどない。

そこで登場するのが、必ず宗教家という人達。

これが世界を変えて、ずっと現代に至っている。

もしその人達がいなかったら、人類はいまだに弱肉強食でサルの社会をつくっている。

一番強い者がエサを全部食べる。あとは残ったものを食べる。
別に強い者が出たらその人は、追い落とされておしまい。

これが人の社会。そしてそれは肉体を持つがゆえの性質。

では、「なぜ人間は、それでは嫌なのか?」

まぁちゃん: 動物と思えば人間も同じような気もするけど、やはり異なっているよね。
知能が違うと言う人もいるけど、本当かな?

霊魂: それは霊だから。
人は霊というものを本質に持っているので、それだけでは常に嫌なのである。

そこで、人はたとえどんな社会でも良いから、霊的な満足を得ないと、生きられないように本当は出来ている。

なぜなら、どんな原始社会でも人は神を崇めてきた。

「なぜか?」

その脳にそうしたものが組み込まれているからかもしれないが、そればかりではなく、霊的な感性がはじめからある。

地上に生まれた時、ただの肉の身体だけではない。
人の霊的部分が地上に入っているのだから、幽的な感性は最初からある。

まぁちゃん: そういえば、生まれた家や環境など関係なくても、宗教的なことを求める人もいるよね。

なぜか見えもしない、聞こえもしないのに高貴な存在を求めようとするのが、霊的な部分の感性か!

霊魂: それが、最初から神を求めようとする。
ということは、元々いた世界では、それが前提だったということになる。

よってどんなに科学が発達しても「なぜ宗教が滅びないか?」

それは人の本質そのものだから。

あらゆる物理法則が「神は絶対にいない」「霊は絶対にいない」と言ったとしても、それは物理的にそういう結論が出るだけで、己の霊的な部分は、常にそれが間違いであるとわかっている。

それは、それまでの宗教や霊に対して主張する人達が、残念ながら「そこまで知恵がなかった」というに過ぎない。

まぁちゃん: 現代でも、いかに科学が進歩しても、霊の存在を認めようとする人ってかなりいるみたいだし。
信仰心とは別かもしれないけど…

霊魂: 現実は常に存在していて、「霊的に生きるかどうか?」が地上に生きている意味そのものである。

つまり奴隷の社会にいても原始社会にいても、封建社会にいても、霊的に高い人は高い、低い人は低かった。

まぁちゃん: 大切なことは、たとえどんな環境であっても霊的生命体としての人間が「霊的に生きることができるか」なんだね。

人の命と霊的世界の上下10へ続く
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プロフィール

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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