HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイト幽気と幸福〈霊言〉  »  幽気と幸福2
RSSフィード

トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  ※イメージ画像

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
幽気と幸福1の続き

まぁちゃん: 幽体に活力があると、そこからオーラという光のようなものを発して、そのオーラが上に伸びていると、高級霊の目に止まりやすくなるって言うけど、本当かな??

霊魂: 例えば、宮があって多数の人が集まっていたとする。

これら多数の人達に我々霊魂が、何か力を与えたいとする時、人間と同じ視点で見ると、もともと物質の世界にいる人間ですら、誰が何処にいるやら、 夜になるとさっぱりわからない。

が、「高い木の上から見たらどうか?」

ここに誰かいる。こっちで誰か太鼓を叩いている。
ここで子供が遊んでいる。これが全て見える。

つまり、人が大勢いて、それぞれにオーラを発していて、だれか一人だけ例えば、神主さんが強い、特別強いオーラを発していれば、この人がいわば神主、この神主を中心に「皆がきれいな幽気を吸えば良いのかな?」と判断する。

まぁちゃん: 高い霊魂が良い気を降ろそうとしても、神主さんのような人が、幽体を強化して強いオーラを出していないと、目印がないってことだね。

霊魂: ところが、最近はこの神主さんが霊的なものを認めなかったりするので、どこにいるのかさっぱりわからない。

つまり、横から見るのだと「遠くにちょっと上に伸びているのがあるな~」という感じで、人ごみの中にいるとなかなかわからないが、上から見るとすぐわかる。

そこで、神社などでは、玉、鏡、剣などをいわばアンテナのごとし、神から見て見えやすいような目印と決めて、そこに人が集まるのである。

まぁちゃん: 神社に行くと祭壇に鏡とかが置いてあるよ。
三種の神器というやつだ。

霊魂: ところが最近では「こんな鏡とか剣に神様が住んでいるわけがない」と言う。
このおうちに神様が住んでいるのか否か、「いない!」と言う。

まぁちゃん: やっぱり鏡の中に神様がいるとは、考えにくいけど…

霊魂: つまり、あくまでも霊魂からこれを目印として見るだけのものなのに、神様のおうちだと考えている。

そこで「神様の像を作ってみたら?」そんなことを考える人までいるので、あきれてものが言えない。

まぁちゃん: リカちゃんハウスじゃないんだからねー。そのうち神様のパパとかママを作っちゃうよ。

霊魂: これが神社が機能しなくなった原因。
つまりあくまでもご神体と呼ばれるものは、高級な世界からいわば目印とするためにある。

それを大切にし、人々がこのご神体よりも低いところに頭を、つまりお辞儀をして力を乞う、頂こうということであれば、そこに良い幽気が沢山おりる。

その結果、村の祭りなど行い、人々が沢山来れば、ここで自然に良い幽気を吸収する。
その結果幽体は活力を増し、オーラは大きくなり守護、指導の霊魂から見やすくなり、死ぬ時には当然導きやすくなる。

死後も下の世界には入らない!


まぁちゃん: 今の人は、こういったことは単なる伝統文化としか考えていないようだけど、昔の人は当たり前のことのように行っていたことが、 実は良い幽気を吸収するために、霊的な意味でとても大切なことだったんだね。

幽気と幸福3へ続く
関連記事
Relate Entry
Comment
Trackback
Comment form
プロフィール

イクラマン

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



みずば霊魂学 新刊のご案内






































検索フォーム
天気予報
ブロとも申請フォーム
QRコード
カウンター

PAGE TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。