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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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講演会は対話形式ではありません。

まぁちゃん: 霊的な力というと、人には出来ないことができたり、見えないものが見えるといった事を連想するけど、そうなると霊的な力は普通に生活するためには必要がないような気がしますが…

霊魂: 霊的な力を語るには、初めを語らねばならない。

が、初めとは人の知恵のみでは決してわからない。
なぜなら、知恵は人間においては単なる物質の脳だからである。


物質の脳をどう駆使しても、それ以外の初めがわかるはずもなし。

初めを仮に、神なる生命的何かと捉えるならば、人は神がわかるはずもなければ、語れるはずもなし。

が、語らねば人間がわからぬという。
そこで人は、部分的な真理を問う。

さて、霊力とは何か?
それを知らないことには、人というものがわからない。


人は生きている。

つまり、生命活動をしており、仮に肉の身体がなくなった時、すべての生命活動と意識活動を終えてしまうのなら、霊的次元はさほど問題にはならない。

まぁちゃん: 人間が死んだら全てなくなるのであれば、霊的なことも考える必要もないし、宗教も単なる思想や哲学でしかないよね。

霊魂: が、仮に別の世界があり、人が死後も存続するなら、人は肉体以外で生きることになる。

となれば、今この瞬間、あの世に行くかもしれない地上の人の身であれば、肉体、いわば脳がなくなっても意識活動し得るはず。

まぁちゃん: 肉体の意識活動の中枢は脳だから、今までの記憶がその肉体の脳だけのものなら、肉体を失えば今の自分の記憶も消えてしまうよね。

霊魂: 今の肉の脳とほぼ同一の、別の脳を持ちながらあの世に行かねば、あらゆる記憶は消えるはず。

あらゆる意味で、記憶がなんらかの形で存続していなければならず、肉の細胞が記憶の全てであるとするならば、それと全く同次元で動いている霊的身体の細胞がなければ、死後の生命体は一切存在しないことになる。

つまり、霊的な次元を知るとは、幽体と呼ばれる別の霊的身体、そして、その脳を知ることである。

それを知らずに、いかにあの世が存続すると言っても、まるで説得力がない。

となれば、霊力とは、その幽的な脳や身体を正しく発達させ、活動させ生きていながらも、確実に霊魂として永らく生き続ける身体を、良い方向に持って行く力でなければならない。

つまり、霊力とは霊視などではない。
多くの人は勘違いをしている。

体力は、肉体の力そのものをいう。

肉体の力がないとは、残念ながら体力がなくて歩けない。
一歩、歩くともうくたびれる。
こうした状態をいう。

それと同様、霊力も同じ。
霊的な身体を補助する霊的な力、それらが正しく働き得る状態をいう。

霊力と霊的なトレーニング2へ続く
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霊力と霊的なトレーニング1からの続き

まぁちゃん: 霊力がつくと霊的な何かが見えたり、人にはできない超能力的なことが出来るようになるの?

霊魂: 例えば、人が通常見えないものを見ることができるとかは、視力が良いとは言わない。

遠くのものが良く見えるのであれば、視力が良いのであり、通常見えないものが見えるのは異常である。

つまり、本来の肉体の力を超えているためである。

霊力が正しく働いていたら、物質界においては、物理的なものが見えるように動かす力を霊力という。

花が咲いていたら、花の色が正しく視覚できるように、霊的な力が動き、肉体を正常化させる力でなければならない。

にもかかわらず、人の背後にいる霊的な何かが見えるとは不思議…

つまり、それは霊力ではなく、霊力が生み出す技術のひとつである。

まぁちゃん: ということは霊的な異常が、肉体の病気として現れてくるということも考えられるね。

まして突然、人には見えないものが見えるようになるのは、霊力が正しく働いていないことでしょう。

うかれている場合じゃない。

霊魂: 霊視は特殊技術である。

それは、霊力を特殊に用いたものであって、霊力ではない。

つまり、人は正常に生きようとするなら、特殊な技能を身につける必要はない。

霊力は人が人として、生きるにふさわしい状態。

やがて、あの世に行き、延々続いていくであろう己の人生を、正しく導くための力である。

まぁちゃん: 霊力は普通に生活していて、自然についてくるものでもないでしょう。

そうなると昔の山岳仏教のように、特別なトレーニングをしないとならないの?

霊魂: トレーニングは当然その霊力を正常に働かすためのトレーニングをいう。

ただ、不眠不休で千日も山歩きなどをして肉体を弱らせ、精神は鍛えたが、霊魂には憑依される。
そうしたことを言うのではない。

肉体を正しく活用し、正しく休息し、魂を正しく発展させる。

そして、霊的にも憑依などされないような状況をつくっていく。
この技術をもって霊的なトレーニングという。

大陸より仏教なるものが入り、日本の霊的なトレーニングは難行苦行と化してしまった。

それが、一概に悪とも言えないが、霊力を持つためのトレーニングではない。

霊力から得られた「加持祈祷力」を持つためには、それも良いのかもしれない。

しかし、人々は勘違いをしている。

霊力と霊的なトレーニング3へ続く
霊力と霊的なトレーニング2からの続き

まぁちゃん: 霊的なトレーニングというと特別な力を得るために、それを必要とする人が行えば良いと思われているようだけど、そんなに大事?

霊魂: 我々霊魂から見ると、霊力は人が学校で体育を行うのと同様、授業にあって当たり前のこと。
それほど重要である。


それなのに霊的なトレーニングの時間がない。

そして、そのためのトレーニングは、宗教的世界で生き続けたから修行と呼ばれているが、そうでなければ技術、訓練でいい。

学校に音楽や美術の時間があるというなら、霊力のための技術、訓練の時間が欲しい。

それは、遠い昔、この国では当たり前だった。

今の無神論の人達の間では、全く不思議と思われるだろう。

しかし、死んでしまえばそれが逆転する。

まぁちゃん: 今の教育というのは、とにかくいろんなことを、ただ暗記させることだから、十年も経てば忘れてしまうんだ。
(これは自分の脳に欠陥があったのか?)

必要なこともあったけど、何も役にたっていないこともたくさんあったと思う。

これから社会に出て行くのだから、その準備であって欲しいけど。

霊魂: 人が霊力を持たなければ、必ずこの世においても、あの世においても不幸になる。

なぜなら、体力がなければ地上に生きる時に、必ずハンデになる。
10分も仕事が長続きしないのでは、どんな会社も勤まらないはず。

10分も幽体が正しく活動しなければ、いわゆる幽的な個性に狙われてしまう。
もしくは、悪い空気のごとし、低い幽気と呼ばれるものを吸ってしまう。

それがやがて己のみならず、子供にまで波及していく。

「子供が高熱を出して困っています。」と母親が言っている。

我々霊魂から言わせてもらえば「何を言う、お前の幽気のせいではないか!」

つまり、はじめからそうした幽気を子に与えておいて、何ら改善することもなく、改善しろと言ったが、絶対に聞かなかったくせに、子供が高熱になったら、救ってくれと馬鹿なことを言う。

救えるはずがない。

体力がなければ困ると思うから、体育の時間を授業ですらやっている。

霊力も全く同様に、人が霊的生命体として生きて行くとは、長くても百年くらいだけ地上にいるのではなく、何百何千年と生き長らえて行かなければならないのに、今、物質という身体の中に縮こまっている幽体は、いちばん低い状態にある。

この状態の時に、正しくそれをつくらねばならない。

例えば、赤ちゃんの時に脳が正しく発達しなければ、のちにどんな訓練をしても、もともとが悪い。

仕組みが悪いのに、どれだけ記憶させようにも覚えられない。
同様に地上にいる時に正しく幽体をつくらなければ、苦しむだけである。

まぁちゃん: そんなに大事なことなら、もっと多くの人が知っていても良さそうなものだけど、そのまま死んだらどうなるの?

霊魂: 肉体を失って、あげくの果てにどうなるかと言えば、フラフラ子孫の所に来てみたり、抱きついてみたり、腰にぶら下がってみたり、その後どうなるかと言えば、霊能力者なるところへ行って処分されるだけ。

全く苦労しないが喜びもない。

それもそのはず、地上にいた時に霊力を知らなかった。

霊力と霊的なトレーニング4へ続く
霊力と霊的なトレーニング3からの続き

霊魂: 本当に霊力を知らなかったのか?

いや、教えられていなかったのではなかった。

少なくともこの日本では、数千年来ずっとそれが生き続けてきたし、いつも誰かがそれを叫んでいた。
しかし、誰もそれを話題にはしなかっただけだし、誰もそれを真面目に考えてくれなかった。


まぁちゃん: 何も知らないくせに、いろんなことを言う人がいるから、みんな惑わされちゃうんだ。

真面目に考えている人ばかりなら、自分が間違っていると気がつけば改めるだろうけど、その目的がお金儲けだったりするから最悪だね。

霊魂: 社会が良くても悪くても、所詮、一度毒を飲んだら人は死んでしまう。

後でこんな毒をつくった製造メーカーが悪いとか、厚生省が悪いとか、どれだけ叫んでも死んでしまったら戻らない。

どうにもならなくなってから、助けてくれといくら言われても、その前に、あれだけ言っておいたのに…

まぁちゃん: 霊力とは、今、生きる上でも大事であるし、肉体を失い霊的世界の住人となるための準備でもある。
その霊力を得るためにやるのが、霊的なトレーニングだね。

霊魂: 人が死を意識する時、人は生をも意識する。

なぜ生まれてきたのか?

このまま死んでいいのか?

私の人生が、このままで終わっていいのか?

深く悩む。
が、そこに真実はない。

例えて言うと、ある女性が好きだ。ある男性が好きだ。

さて、誰かに間に入って欲しいという時、必ず自分の希望は、それが良い結果を生んで欲しいという願望のもとにある。

そのために、相手が何を言っても、「うまく行けばいいのに…」という気持ちで、ものを聞いてしまう。

あるいは、悲観的になっておびえてしまう。

つまり、決して第三者的に見て、冷静な状態では聞いていない。

つまり、人は死にそうになってから、初めて生ということを考えても、絶対に事実は見えてこない。

見えるのは歪んだこと。

つまり、もう死ぬことの諦めに対して、自己をどう肯定して行くか、気持ちの整理のみである。

まぁちゃん: さすが死んだ経験があるから良くわかっていますね。

霊魂: 人は、トレーニングすると言いながら、己がまるで神、仏のごときになるなどと、平気で言う馬鹿がいる。

トレーニングは、神や仏でないから行う。
そして、最後まで神や仏になどならない。


それを霊的なトレーニングという。

霊力と霊的なトレーニング5へ続く
霊力と霊的なトレーニング4からの続き

霊魂: つまり、人はどこまで頑張っても、絶対人間のままである。

イエスであれ、釈迦であれ、人以外の何者でもない。

魂が高貴なのは初めからである。
彼らは、霊的なトレーニングをする前から高貴であった。

なぜなら、人は霊的生命体なので、生まれたら必ず死ぬ。

が、十歳で死ぬ人と、七十歳で死ぬ人と、三十歳で死ぬ人がいる。

もしも仮に、心の発達がそのままあの世にランクを決めるというなら、十歳で死んだ子はみんな低くなってしまう。

ところがそうではない。

五歳であっても、イエスや釈迦のごとし五歳というものは、初めから人々とは質の違う個性として生まれている。

初めから出来ている土台が違う。

まぁちゃん: はじめから高貴な個性はトレーニングをしなくて良いはずなのに、霊的なトレーニングをやっているよね。

霊魂: 彼らは、トレーニングなどしなくても実は良かった。

なぜトレーニングするのか。人々の次元に落ちたためである。

そうしないと、人々の次元にまで落ちることができないからである。

ということは、人は肉の身を着ているが、その正体は肉ではない。

つまり、五歳であっても肉体とは関係なくすばらしくレベルが高く、地上に降りてきている可能性もないこともない。

肉体は、どう見てもただの子供である。
ということは、地上の人間は何も知らないのである。

まぁちゃん: 肉体を持った以上、その魂が高貴であっても表面的なものは、みんなと同じだろうけど、低い霊的カルマに振りまわされている普通の人とは逆に、成長するにつれて高い部分がどんどん自分を動かして行くのだろうな。

それだけに人一倍苦悩が多いけど、「悟った」などと言って、ふんぞり返っていないで、必ず世の中を動かすほどの影響力を持つ。

普通の人なら多くの人からいろいろ言われただけで、「もう、やーめた」ってなるけどね。

人間は霊的な高低を判断できれば、会った瞬間「おっ、この方は立派な方だ」ってなるけど、それがわからないから攻撃してしまったり、悪い存在と映ってしまうんだよね。

まぁ、それがわかるのなら、神や霊魂がいるとかいないとか、つまらない議論もすることないだろうし、唯物論なんか唱えていれば「この人、頭がおかしい」って言われるだろう。

霊魂: 驚くほど修行したといわれる人に限って、魂としては非常に質が低い場合がある。

まして、地上ではお悟りなったといわれている偉いお坊さんほど、あの世へ行くとレベルが低い。

つまり、悟りの境地とは地獄の境地である。

人々は、まず自分の願望を前提に思想を語る。

自分は救われたいという願望が先にあるから、救いの方法を求める。
自分は成功したいという願望が先にあったから、成功する方法の本を読む。

恋愛で成功したければ、恋愛で成功する本を読んでいる。

死ぬ恐怖があれば、生きる本を読んでいる。

神に救われたければ、神があるという本を読んでいる。
だが、全て動機があって結論を求めているから、事実には至れない。

事実を知るには、そうした人々の願望を全部無視した上で、事実を検証して行くしかない。

霊力と霊的なトレーニング6へ続く
霊力と霊的なトレーニング5からの続き

霊魂: 水素と酸素を合わせると何ができるか?

まぁちゃん: 二酸化炭素。違う、水だ!!

霊魂: 人々が仮に、それで無限の食料が欲しいとしたら、無限の食料を水素と酸素から作ったという本を出してしまう。

そして、みんなそれについて行く。

しかし、無限の食料は出来ない。
まず実験してみて、出来たものが事実である。

つまり霊的なトレーニングでいえば、まず、トレーニングしてみてどうなったかを先に知り、それからものを語らねばならない。

例えば、瞑想や何でもいい。

そうして見た結果、「なるほどこれはこうだった」という事実が先にあって、「こうすればこうなります」と言わねばならない。

ところが、人々ときたら全く逆!!

「こうなりたい」が先にある。
そのため技法を探している。


ある訳がない。それをつかんだ人は誰もいないのに…

霊能力者になりたいとか、超能力が身につくとか言って、必死に本を読んでいる人がいる。

そして、実践すればみんな霊能力が身につくだの、超能力が身につくとか信じているが、それを書いた人がぜんぜん霊能力を持っていない。

こんな馬鹿げたことに、どうして気がつかないと我々は思うが、それで何万部も売れている。

それは、人々に動機が先にある。
願いが先にあって、ものを見ているからである。

先に事実を見てない。

まぁちゃん: 甘い言葉に弱いんだよねー。

フラフラってなっちゃうんだ。
何もわからないから、「もしかして…」なんて考えてしまう。

ダメだね。

霊魂: 霊力とは人を本来生かす力であるが、トレーニングはそうではない。

霊的なトレーニングは人を殺す力である。

人はそれを間違っている。

トレーニングは、人を高貴にすると安直に言うが、そんなに甘くない。

霊的なトレーニングの本質は、人を殺すである。

まぁちゃん: エッ、霊力を得るためのトレーニングでしょう??

霊魂: 例えて言えば、私などが行っていた禊などでは、最初に「禊法と呼ばれるものは、古来日本から伝わる魂を進化させる立派な技法だ」そう思って自分で行った。

しかし、行じてみたらビックリであった。
どんどん、どんどん自分の思いとは違ってくる。

つまり、思った以上に底が抜けるほどに深かった。

ひとつ間違うと、人を殺したりさえ出来る。
それがトレーニングである。

まぁちゃん: ということは、それだけに真剣にやらないといけないものだし、道を外しやすいってことだ。

霊力と霊的なトレーニング7へ続く
霊力と霊的なトレーニング6からの続き

霊魂: 日本の古神道は、単に神に近づくとか、そうした甘いものではなかった。
ひとつ間違えると、大悪霊にも近づける。

つまり、ぐるぐる巻きにして、首の周りに念のひもで三人くらいまとめて縛りつけて、そのまま放って置けば確実にその三人は死んでしまう。

それが禊でも出来る。

つまり、神どころか大悪霊にもなれる。
事実を先に知るべきであった。

まぁちゃん: 不真面目な人が、禊をやったら大変だよー。

霊魂: しかし、禊は良かった。

なぜなら、指導者がいないと出来なかった。

ということは、指導者がそっちに向けないように体系を初めから変えてしまえばいい。

私が、自分で行った時は、そうした事は知らなかった。

自分で行う過程で徐々に気付いていった。
だから、ミスが多かった。


まぁちゃん: 指導者や先輩がいるというのは、ありがたいよ。

霊的なことって、良くわからないから客観視できないじゃない。
そうした時に、注意してくれたり、アドバイスを聞けることは、大事だね。

ちなみに、ミスってどんなこと?

霊魂: 正しい行為をする人に、正しく高級な霊魂が来るとばっかり信じていた。

怒ってばっかりいたり、恨んでばかりいると、高貴な霊魂は、絶対己のそばには寄ってくることが出来ないと考えていた。

愚かだった。

それは事実ではなく、人々の倫理観であった。

人々の道徳や倫理がそうなのであって、霊的法則はそうではなかった。

必死に泣いていたら、泣いている人の方に寄っていたし、怒っていたら「お前が怒るのは最もだ」と言って寄ってきていたし、笑っていたら無視していた。

笑っていられるほど余裕があるのだから、「我々の力はいらない」というのが彼らの発想であった。

泣いている時こそ、何とかしようと寄ってくる。

まぁちゃん: 何があっても良い方にとらえて、暗く考えずに前向きに生きた方が良いなんて言うよ。

霊魂: つまり、マイナス思考とやら、プラス思考とやらがあって、プラス思考が良いと世の中では言っている。

しかし、高級霊魂達はそうではなかった。
マイナス思考だから救ってやりたかった。

プラス思考の人達は、放っておいて勝手に救われればいい。
そう思っている。

霊力と霊的なトレーニング8へ続く
霊力と霊的なトレーニング7からの続き

霊魂: 禊なるものをやって行くと、まるで違った事実が見えてくる。

つまり、人は自分達の倫理、道徳で霊的なものを見すぎている。
事実は全然違う。
まず先に事実あれである。


大槻なにがしの言うように、まず事実を先に探求すべきである。

まぁちゃん: 大槻教授の理論は立派だけどね。

物質科学で全て解明しようとしているから、霊的なことに対し、一歩も先に進めない。

超能力などないという人は、その理由が手品でも出来るからとか、霊的なものが見えるというと幻覚で起こったなどと言って片付ける。

物質科学では、霊的なことは全て否定されてしまう。

霊魂: 脚色ばかりの霊能者はいらないし、超能力者もいらない。

そこに事実があるとすれば、どれが本当の事実なのかを先に知りたい。

この本を読めばいきなり次の日から幸福になれるとか、馬鹿げたこと書いている。

「全員受験に受かります」とか、受かるわけがない。
一人受かれば、一人落ちるのは決まっている。

それがこの世の法則なのだから…

東大に受験して合格しようとしても、合格できる人数は決まっている。

受験者が全員合格する方法とやらを念じてみても、一定人数しか合格しない。

にもかかわらず、人々の願望はどんどん膨れていく。
そのため、トレーニングとやらは歪んでしまった。


まぁちゃん: 魂を進化させるとか、霊的向上のため、などと言っても、みんなそっぽを向くよ。

霊魂: ヨーガであれ、仙道であれ、霊的には驚くほど高度な体系であるが、逆に危険でもある。

そうしたことは、全く語らずにヨーガは体のためだけにいいとか、気功は治療だけに良いとか、健康になれるとか、馬鹿なことを言っている。

まぁちゃん: 霊的なトレーニングというのは、高い霊的個性の協力を得て、自分が霊的に向上するために行うものでしょう。

それなのにトレーニングの体系の一部分だけちゃっかり行おうとしている。

その目的が本来の霊力を得るためならまだいいけど、霊能力や超能力、病気を治すとか言っているんだから、霊力なんて得られるわけがないよ。

霊魂: 何であろうと、霊魂を無視して物質以外が語れる訳がない。

物質以外が「気」であるし、物質以外がヨーガの本質なのであるから、その前に霊魂を知っていなければならない。

それを知った上で、それが語られていれば、立派な体系に違いない。

が、それらを無視しているから「誰にでもできます」と言う。
となれば低い霊魂がみんなで応援に来て、全員憑依されても、誰も気がつけない。

だれもその意味がわからなくなってしまう。

まぁちゃん: 指導者と教わる側が同じレベルじゃ、何が良くて何が悪いのだかわからないでしょう。

霊力と霊的なトレーニング9へ続く
霊力と霊的なトレーニング8からの続き

霊魂: 昔々、ヨーガであれ、仙道であれ、古神道であれ、何であれ、みんな神や仏を意識し、神や仏に仕える天使や菩薩がいて、そういった霊魂が指導していた。

その時やっていた人達が、今、指導霊として来るのであって、みんな霊魂なのだから、それを無視した体系などある訳がない。

しかし、そうしたものばかり世の中に流行するため、本来の正しい霊力を生むためのトレーニングがなくなってしまった。

人々の願望ばかりが先にある。

もしも仮に、人は生まれて必ず死ぬのだから、死ぬに間違いないのだから、正しい死に方を教えても、それは正しい霊的な世界であるし、正しい宗教であるし、正しいトレーニングであるのに、人々の願望はそうでないとことだけに向いている。

病気で苦しんでいる人を「元気になれますように」と言う。

良い事ではあるが、宗教的世界、霊的世界の者が、皆そうするとは限らない。
正しく死なせてやってもかまわない。

にもかかわらず、事実を無視し、先に人々の願望があって、その願望にそったことを言ってくれるのが良い宗教で、そう言ってくれないのが悪い宗教だとか言っている。

まぁちゃん: 霊魂の中には善霊、悪霊がいるらしいよ。

それは人間達が勝手に判断しているんだけどね。

考えてみれば、何も知らない人間にとって、高貴な霊魂は口うるさい存在にしか映らないだろし、逆にいたずらな霊魂は、詐欺師と同じで甘い言葉で誘ってきて、みんなだまされちゃう。

霊魂: 人々は、己の価値観や倫理感で、神や仏の世界まで口出ししている。

物質界をどう生きようとそれぞれ自由だから、好きに生きればよい。

しかし、霊的次元の世界は、そんな倫理や道徳は一切通らない。
関係ない世界である。


にもかかわらず、それらを己の基準で決めつけていながら、そうした者が将来、みな極楽に行くと言い出すから笑ってしまう。

霊力は人が正しく生きる、正しく死ぬ、どちらであるかはわからないが、人間が霊魂として、正しく生存するためにある力だから、肉体を捨てた方が良ければ、あした捨てた方がいいのかもしれない。

それは地上の人間のような浅知恵ではわからないと言えよう。

それを正しく導いてくれるのが霊力というものである。

霊力と霊的なトレーニング10へ続く
霊力と霊的なトレーニング9からの続き

霊魂: 例えて言えば、ある人が明日死ねば、たくさんの人は救われるとしたらどうであるか?

そのある人が、将来ヒトラーのようになり、全世界を滅ぼすようなことをする。

それが霊的カルマとしてわかっていた場合、無論なかなか実際にわかるものではないが、仮にそうであったら、その人があす自殺してくれた方が絶対に良いのだから。

我々霊魂は、「あなたは、よく自分の人生を考えてみて価値がないと思ったら、あす死んでも構いませんよ」と言う。

それを聞けば必ず、「あれは悪霊が言った」となるが、そんなことはない。

人の地上の肉体で霊的な正邪など、判定できるものほど甘いものではない。

霊的なトレーニングの世界も、やってみないと全然わからない。

まぁちゃん: 霊的なトレーニングやっていても、何も見えてこないし何も聞こえない。
地味なんだけど…

感覚としては気持ちがいいくらいかなー。

霊魂: 禊、鎮魂を実際に行った人達はわかるはずである。

とにかく理屈ではなかなか良くわからないが、「気持ち良かった」とか、そういった世界である。

なぜなら、肉体の脳とは別の次元を動かしたのだから、肉の脳は必ずしも、別の次元の喜びや悲しみを正確には読みとっていない。

己の心も何が良かったかも、本当は十分にわかっていない。

それが、霊的な意味でのトレーニングなのである。
それでいいのである。

もし仮に、すべてわかったとしたら、それは肉的な脳の知覚し得る範囲だったのである。

まぁちゃん: そうか、地味でいいんだ。

霊魂: そこで我らは言う。

表面の己は、まだ何も知らない。
だからこそ、真実を求めて一歩を踏み出す。


それがない限り、人は永遠に事実を掴むこともない。

まして、事実が世に出たら、皆、それは大悪霊の人だと言うに決まっている。
「頭がおかしい」とみんなに言われてしまう。

神々の世界の使者によれば、人々から見て悪の代表に見えるようなものが、真の人々の救いである。

ノストラダムスの予言ではないが、何とかという訳のわからぬ大王が降りてきて、人々がどうかなるかもしれない。

我々に言わせれば、何とかという悪の大王こそが、真のメシアかもしれない。

言うまでもなく、ただ、自分達の生存権のみを主張する人間に、霊的世界の酷さがわかるわけがない。

滅ぼす必要があれば滅ぼさなければならない。

むろん生かす必要があれば生かさねばならないが。

つまり、そうした霊的世界全体から見た人間の位置など、一度も考えてもない者達が自分だけが生きる事を中心に、いわば、日本だけが良ければ、他の国は全部死んでもかまわないとくれば、侵略戦争に行けばよいのである。

しかし、他の国のことを考えるなら、多少、耐え忍ばねばならないこともあるかもしれない。

それと同様、全霊的生命体、ありとあらゆる生命体を考えて、地上の人間は、少し反省した方が良いという事があったら、それはそれで良いかもしれない。

が、人はそうは言わない。

己にとって都合の悪い存在を、全部悪の大王にしてしまう。
我々に言わせれば、それこそが本当の意味での真実かもしれない。


それはわからぬことであるが、それを決め付けるところに人間の愚かさがある。

霊的なトレーニングをすると、それが見えてくる。
富士の頂点まで行く、と次第にそれがわかってくる。

なぜなら、人々の意識を超えたところに別の次元があり、それが実感できるからである。
それがわかってしまった時、人々の書いた本などアホらしくて読む気にもなれない。

人がもし、皆、全員、人の脳を越えたトレーニングに目覚めるならは、悪の大王は救世主かもしれない…

まぁちゃんの一言

超能力や霊能力なくても、霊力というのは誰にも必要なもののようです。

その霊力を得るために行うのが霊的なトレーニングと言えそうです。
トレーニングも霊魂の協力なしには成り立ちません。

何千年も昔から、つねに霊力というものもの大切さを、高級霊魂達は主張してきました。

それでも多くの人に受け入れられることはありませんでした。
やはり、いつの時代も人間はかわらないようです。
プロフィール

イクラマン

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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