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トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

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講演会は、質問形式ではありません。

まぁちゃん: 死後の世界についていろいろ語られていますが、本当に正しくとらえているのでしょうか?

霊魂: 最近では、科学なるもが幅をきかせ真実を探ろうとしない。

例えて言えば、「死後の世界があるのか、無いのか?」と語るとき科学なるものを出してくる。

考えてみればわかる通り、科学なるは物質の動きを連鎖し、どのように変化するかを分析したる図でしかない。

所詮、物質の動きから一歩も出られない。

しかるに、人の死はその物質以外があるのか、無いのかと問うている。

「あるのか、無いのか?」を問い始めていながら、物質の学のみで語ろうとしている。

まぁちゃん: 「物質以外のものが存在するのか?」と悩んでいるのに、いろんな測定器で調べたってわかるわけないよねー。

霊魂: 人々はまるで海を渡ることのできない時代に、アメリカ大陸が絶対ないと主張しているがごとし。

事実あるのに、おのれが見えないからと言ってすべて退ける。

が、まれにそのアメリカなる大陸を見て漂流したなどという者あり。
それを皆、信じないが、その主張に一部裏づけがある。

まぁちゃん: 精神世界のというような分野で語られているものの中に、アメリカ大陸、つまりあの世までは行っていないけれども、それに近いものを語ったものがあるということだね。

霊魂: それがまさに死の意味である。

世にインチキ霊能者や錯覚の類は多い。
されど、万にひとつ、憶にひとつ事実があればあらゆる哲学も思想も科学もすべて消える。

なぜなら、ひとつ事実があれば、確実に死の次があることになり、いわゆる理論は全部吹き飛んでしまう。

まぁちゃん: 人は必ず死ぬのだから、もうちょっと真面目に考えても良いと思うよ。
それがわかれば、人の生きる目的や、なぜ生まれてくるのか?といったことが少しずつ見えてくるはずじゃないかな?

霊魂: ゆえにひとつの事実を探りたい。

人が生まれること、死ぬことは、別の世より観察しないと見えてこない。
世に臨死なる体験を言う者多し。
なれど、何の参考にもならない。


つまり、「また生きかえった」、「あるいは死の直前で戻った」ということは、完全に次の世に移行していないのである。

まぁちゃん: そうか!仮に医学的に死んだとしても、肉体と霊的な身体の接点が完全に切れていないから、肉体に戻って来ることができるんだね。

霊魂: それらの体験に共通項があろうと、なかろうと真の意味で、次の世を意味しているのか、限りなく疑問である。

意識の中でそうした現象が出たからといって、それがあの世の本質を語るはずがない。

科学というものは、それを何とか脳の機能で説明しようとする。

が、考えてみればわかる通り、物質の脳に血液が流れなくなれば、脳の機能は停止し、意識は完全になくなる。

そこにもし、何らかの意識状態があるとすれば、すでに脳を離れた心の発見になる。

彼らは、臨死なるものを何も知らず、肯定する側も、否定する者もかなり低い。

つまり、自分で体験せずに語っているからである。

まぁちゃん: まず大事なことは、肉体の活動が停止しているということは、意識活動しているはずの脳が機能しなくなっている状態でしょう。

それなのに生き返った人の体験は、その間意識が遮断されていなかったし、肉体が再び活動し始めてもその記憶が残るということは、人間の意識の中には、肉体の脳とは別の意識があるということだよね。

それなのに、一生懸命に肉体の脳を調べても結論が出てくるわけがないよ。

霊魂: よく霊魂を語る者は、死が新しい誕生であり、あたかも夢のごとしと教える。
が、誰も見ていなのにそう語っている。

なぜそんなことが言える!!

その理由は、「何らかの霊魂との交信をした」という者の主張を鵜呑みにしているためである。

また、いくつかある霊魂からの交信なるものを、仮に共通項が限りなく多いと称し、それらを集めても、臨死同様、それらが共通に同じミスをしやすい状況なら、みな同じに間違える。

例えば、インドに行き、ここはアメリカ大陸だと主張する。

それをアメリカだと最初の一人が思い込むと、その人と同じ航路をたどって海に船を出した人は、全員そこがアメリカだという報告を持って帰る。

少し場所がずれても共通点が多い。
しかし、そこは断じてアメリカ大陸ではない。

まぁちゃん: 残念なことに霊魂からの通信というものが非常に少ないのが現実だよ。

そういったことを研究している人も自分で調べようがないから、文献をいじくりまわしているだけでしょう。

霊魂: つまり、皆何も知らずに語っている。それらは事実がほとんどない。
ただし一部ある。

一部ある事実と大部分の間違えである。
それは、霊魂や死後の世界を語る時、地上の目で観察するからである。

アリが人間を観察するがごとし。アリに人間の脳はわからない。
人間はアリの生態が読める。

それは、上から下を見ているからであって、下では上を見ることができない。

まぁちゃん: 霊魂は地上で生活したことがあるから、その様子もわかるし、死後の世界のことも両方知っている。
でも、人間は霊的世界のことは無知に等しいから、広い視野では見ることはできないね。

霊魂: つまり、人は、脳によって意識活動なるものをしている。
熱いとか、冷たいとか、手を動かすとなど、全て脳が知覚している。
その脳によって行為する。

言葉を出す、思いを発する。
つまり、肉体の脳によって仕切られている以上、仮に人の脳が機能を停止したらどうなる?

記憶もすべて脳に入っていたらどうなるか?

まぁちゃん: なくなる。

霊魂: その脳を失った時、仮にあの世があって、霊魂なるものがあの世に行きえたとして、これまでの記憶はどこにある?

まぁちゃん: ない。

霊魂:つまり、霊魂を語る者達がいつも言うのは、死後の世界には、同じ身体で行く、同じ感覚で行く、これらをもし事実とするなら、肉の脳と全くダブった同じ別のものを持って、それがそのままあの世に行くしかない。

死後の世界2へ続く
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死後の世界1の続き
講演会は、質問形式ではありません。

まぁちゃん: 死後の世界に行っても記憶が残るのなら、肉体の脳と同じ霊的な脳が必要ってわけか!

霊魂: もしそれがあれば、人は記憶をそのまま持ってあの世に行ける。

ということは、腕を振るひとつの動作。ペンを持つ。
これも全て脳なしには語れないのだから、その脳とすべて同様の機能を霊的な別の次元の脳が持つということは、同時に同じ霊的な身体を持っていなければならない。

まぁちゃん: ちょっと難しいぞー!!
霊的な脳が記憶しているということは、肉体と同様の機能を持った身体ではなければならないってことか。

霊魂: つまり、手や足にあたる幽的な部分もなければ意味がない。
なければ同じ脳ができるわけがない。

とすれば、人はこのまま死後の世界へ行くことになる。

このまま他界したらどうなるか?

肉は物質で生きよい。霊的身体は霊的な環境で生きよい。
ところが肉の感覚がある。さて戸惑う。

ところが、その戸惑いは人の心には、ノイローゼをもたらすくらい大きいはず。
しかるに、道案内は誰がする?

まぁちゃん: お迎えが来てくれるって言うよ。

霊魂: 一度でも道案内を頼んだ者がいたか?
誰もいない。勝手に来てくれると信じているだけではないか!
ましてや、本当に道案内をしてくれるべきの天使だの、仏だの神だの、お遣い等が仮に来たとする。

それを初めて見たとき、従うであろうか?

一人も従わない。

つまり、あの世にすら認めていなかった者が、突然目の前に天使なる者が来ても、素直に受け入れられるものは誰もいない。

皆、夢かどうかと疑うが、夢ではないことにすぐ気がつく。
いずれ気が狂っていく。
死後の世界はそんなに甘くない。

まぁちゃん: 地上に生きている間に、霊的なことを学んでいくことも大切なんだね。

霊魂: 西洋で夢なるもので、いろいろあの世を語ったスウェーデンボルグなる者がいる。

これを日本では、教科書のごとしに本を書いている。
無論、何の根拠もない。
例えば、人が死ぬと、いかなる年寄りでも突如として、若い身体を持つ等という。

だが、考えてもわかる通り、この肉と同じ幽体を持ってあの世へ行った時、しわはそのままだし、肉の衰えもそのままである。

そうしなければ、幽的脳が機能しない。
そんなことは絶対ない!

まぁちゃん: 全部うそっぱち?

霊魂: と思うとそうでもない。

つまり、未熟なうちはそうなのである。もし仮に、徐々に霊的な世界にもし慣れたら、物質がなければ物質を食べない。

となればどうなる?

まぁちゃん: 食中毒にならない。

霊魂: そんなことを言っているのでない!!

地上のように引力がなければ手も足も同じようには使わないだろう。
とすれば、そうした機能はいらなくなる。

つまり、霊は変化するに従って若くなることあり得るのである。
彼らは一部真実を持っている。

が、大部分の虚構にまみれている。そろそろ真実を世に出すべし。



まぁちゃんの一言

多くの場合、「死」というものは孤独なものです。
突然知らない環境に放り出されたらどうなってしまうのでしょう?

死後の世界は、地上の感覚では想像もつかない所のようです。

違う環境に適応するためにも、良き先輩である霊魂に手を引いてもうらうことが必要といえます。

そのためには、先輩の霊魂の目に止まっていなければならないし、呼びかけが届く自分にならないとダメみたいです。
プロフィール

イクラマン

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



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