HOME   »  霊的真実
RSSフィード

トレーニングなんて自分には関係ない?と思っている貴方にも幽体があります。

人間そして霊魂としての人生に、この幽体は大きく関わっています。

霊的なトレーニングとは、霊能力開発などではありません。

霊的な環境は、とても悪くなっています。

今、弱っている幽体に力を与えるのです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
  ※イメージ画像

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
人間は霊的なことに盲目です。わからないことばかりです。

それは肉体を持ち生活しているからといえます。
霊的世界のことは、人間がどう頭をひねっても答えを導き出せないのです。

わからないことは、あれこれ考えるのはやめしょう。霊的なことはれいこんに聞いてみよう!なのです。
では、肉体を捨て霊魂になると様々なことがわかり得るかといえば、そうでもなさそうです。

もちろん、肉体を失い幽体で生活しているので、肉体との生活の違いや身の回りのことは実感として理解できると思いますが、霊的世界においては住む所が限定されてしまい、まわりも同じような霊魂ばかりとなってしまいます。

地上でフラフラしている霊魂など、もってのほかです。
未熟な霊魂からの通信は、あまり参考にならないのです。

幽界でも上の世界に入れば、さらに進歩し向上する霊魂もおりますので、こうした霊魂は当然意識も変化しますし、勉強や経験を積むことで、知識や理解を深めています。

進歩した霊魂はあの世で修行していたのです。

このように霊魂も様々で、実際に霊媒現象による霊魂からの通信であっても、努力や勉強をしている霊魂もいれば遊び回っている霊魂もいるので、同じ内容に触れても異なる見解になってしまうのです。

人間というものは、霊的には未熟で通信相手の霊魂も限られてしまいます。
西洋における霊魂からの通信も幽体の霊魂が限界だったのです。

霊魂学でいう守護霊という存在は高級霊だと言っておりますが、更にその上の霊体の霊魂が存在します。

霊的に高度な内容になると幽体の霊魂では分かり得ないことがたくさんあるのです。

ここで霊的なトレーニングが力を発揮するのです。

幽体の成長はもちろん霊体という高貴な身体まで成長させることが出来るのです。
これにより霊体の霊魂の通信が可能となるのです。

日本には古代よりこうした修行法、トレーニングがあり、高度な思想を降ろしていたと考えられます。

近年、西洋の霊界通信というものに興味を持たれる方も多いと思いますが、この日本には目を向けてみてはいかがでしょうか。

さらに詳しく解説しているページをリンクしておきます。
霊的情報館 霊をさぐる 「霊媒」
スポンサーサイト
タイトル「死後の世界について霊魂から証言を得るには」でお話したように、日本は大昔から霊的なトレーニングの国だったのです。

いつの時代でも、この国にはどこかに達人がいたようです。

もちろん、求める強い気持ちがあれば力を得られる、そういった霊的環境にあったと思います。

最近スピリチュアリズムという言葉をよく聞くと思いますが、今から100年以上前に西洋で心霊研究というものが盛んに行われていました。

霊魂の思想を表現する霊媒現象や霊的な物理現象を学者なども加わり検証していました。
その頃の思想が現代にも引き継がれています。

同時期、日本においても幕末から昭和にかけて、既存の伝統的宗教というものから逸脱し、独自の観点、新しい宗教思想を持つ、いわゆる新興宗教がたくさん登場しました。

西洋のように、霊媒現象を研究する試みもあったようです。

人間の神秘や霊魂の実在、死後の世界の探求に拍車がかかったことは、大きな価値があったと思います。

それでも、西洋や日本においての研究に一貫性があり、霊的世界について皆同じ意見や見解を持つというのであれば良かったのですが、比較してしまうと相違点が生じ、結局は集約されずに分散して、それぞれ一思想ということになってしまい、客観的な説得力につながらなくなってしまっているように感じます。

皆真面目に取り組んだと思いますが、欠けていたものがあったのです。

それが霊的なトレーニングです。

高級な霊魂の思想のみを表現するような、霊的な身体の強化発達という基礎がなかったために、様々な見識や見解が生まれてしまったのでしょう。

霊媒現象も一度でも低い霊魂を憑依させてしまえば、もう二度と高級霊はかかって来ません。

低い霊魂の幽気にどっぶりつかってしまうのです。
基礎を怠り技ばかりに走ってしまうと、こうしたことが起ります。

霊媒現象はとても危険な行為なのです。

この時期に唯一、日本において霊的なトレーニングを行い、独自の霊魂学や修行体系をつくられた、川面凡児先生がおりました。

あまり一般的に有名ではありませんが、川面先生が作成した水の禊というトレーニングは神社神道で採用され広まったようです。

古事記に記されている禊法といういにしえのトレーニングを復活させた立役者といえます。

こうした霊的なトレーニングの勃興が、太古に輝いた日本の霊的文明を蘇らせることが可能となるのです。
この世は、まるで型にはめられたような生活をしなければなりません。

子供の頃から勉強を強いられ、やっと学校を卒業して自由になれるのかと思うと、今度は仕事をする必要があります。

会社に入れば嫌な上司に逆らうことも出来ず、言いたいことも言えず我慢して、お客さんには別におもしろいわけでもないのに笑顔でペコペコ頭を下げて、家に帰ればぐったりです。

自営業も大変です。
景気が悪くなれば、仕事は少なくなり、そのうえ単価は安くされ、借金も増えてしまい、何とかやり繰りしているという方も多いのではないでしょうか。

女性も正社員で雇ってもらえないし、子供を持てばあらぬ出費がかさむし、ちょこっとパートに出ても時給は安く家事に追われ、やっと一息ついて時計を見れば、夜も遅く明日の為に睡眠も取らねばなりません。

それに病気やケガも心配です。

自分だけではなく、家族のことも気がかりです。

それは、全て肉体を持っているからです。お金がなければ食べられないし、無理して働けば体を壊してしまいます。
とても厄介な身体です。

同じような毎日の繰り返しに嫌気もさしますが、ゆっくりできると思ったら死が目前です。

肉体の死を哀れんでいるのは、我々だけのようです。

確かに身近な人がいなくなるのは、辛いことです。
人間にとって死とは一大事です。

そうした我々も、もともと霊魂で人に生まれ、肉体を失えば、また霊魂になります。

肉体の死とは一通過点です。

肉体を持って生きている時間など、永遠と続くあの世の生活に比べれば、ほんの少しのようです。

もちろん、僕だって死を体験したことがないので、わかったようなことを言うつもりもないですし、痛いのは嫌ですし、なるべく辛いことは避けたいと思っています。

こうして考えると、もっと霊魂やあの世について真面目に語られて良いと思います。

この世で苦労して、さらにあの世でも苦しむのでは散々です。

わからないから無いと決めつけるのではなく、全ての人が魂も霊的身体を持っているのだから、霊的存在であるという実感は得られると思うのです。

もっと柔軟に捉えてもらえれば、だんだんと真実が明かされるのではないでしょうか。
プロフィール

イクラマン

Author:イクラマン
「契山館」という小さな会で昭和63年から霊魂学、霊的修行法を学んでおります。
このブログの内容は、修行中の未熟な会員によるものです。未熟さゆえの間違いや解釈も含まれますので、どうかご理解下さい。

◆不許無断複写転載◆



みずば霊魂学 新刊のご案内






































検索フォーム
天気予報
ブロとも申請フォーム
QRコード
カウンター

PAGE TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。